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流逸荘と中村研一

札幌にある古書店の店主さんから、「流逸荘と仲省吾」を読みたいとメールをいただく。
仲省吾について興味を持って下さる方がまだまだいることをあらためて感じ、もっとちゃんとしたものを書かないといけないと猛省。
このところ子ども関係のことに時間をとられて、すっかり書くことから遠ざかる日々。
でも調べることは続けないと、お年を召した関係者の方には話が聞けなくなってしまうし、気持だけが焦ります。
大正時代、神田小川町にあった流逸荘という画廊。その画廊とその経営者、仲省吾のことをずっと調べています。それはこの画廊が日本美術の発展にも大きく寄与しているのに、誰がどんなかたちで経営していたのかなど、まったく知られていなかったからで、興味を持って調べ始めたらあまりに面白く、どんどん調べることになっていったのです。

1年半前に横浜から越して来た小金井市。
「どうして小金井に引越してきたの?」と時々聞かれます。「緑が多くて気に入ったから」とか「中央線の沿線に住みたかった」とか答えていますが、それもほんとです。でも一番のほんとは中村研一さんの美術館があったからかな。
中村研一という人は、福岡県出身の洋画家で、戦争で代々木のアトリエと自宅を焼かれ、小金井に移り住み、生涯を小金井で過ごしました。
中村研一は生涯にたった一度しか個展をしていないと言われています。そのたった一度の個展会場が流逸荘でした。父親に「個展などすると絵がだめになる」と言われ、以後一度もやらなかったそうです。
そのことはなんとなく知っていて、家探しをしていた時、偶然インターネットで中村研一美術館からほど近い物件を見つけ、「まあ見にいって気に入らなければ美術館を見て帰ってこよう」と思い、はじめて武蔵小金井の物件を見ることにしたのです。
そしたらはけの小路は素敵だし、武蔵野公園も近くの畑も野川も気に入ってしまい、ここに住みたい!と思ってしまったわけです。

流逸荘に導かれて、引越してきた小金井。
不思議なご縁がいろいろつながる町です。
ご縁に導かれて越してきたからかもしれません。
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中村研一美術館(はけの森美術館)裏手にある研一の自宅だった建物。今は小嶋ルミさんのお店、
オーブンミトン


中村研一は一般的にはあまり知られていない洋画家ですが、とても素敵な絵を描かれています。
ぜひ一度美術館に足を運んでみて下さい。

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論文を読んで下さった田原書店さんのブログで、田原さんに大変ほめていただきました!→
ありがとうございます!
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by cha-yuzuriha | 2010-09-17 18:03 | 美術
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