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緑茶のこと、日々の暮らしの中で思うこと こちらがホームページです↓ ぜひご覧下さい。www.yuzuriha.net
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カテゴリ:思うこと( 11 )

onagawa fish ハウス

「本当のお魚がとれるようになるまで」ということで、震災で仕事を失った女川の漁業関係者の方々が木工家の指導を受けてはじまった「onagawa fish 小さな復興プロジェクト」。
YUZURIHAでも微力ながら販売のお手伝いをさせていただいてきましたが、この度現地の作業所に素敵な販売所ができたと写真が届きましたので、ご紹介します。

仙台の画廊のオーナーさんや支援している人々が、建ててくれる工務店から探して、タカコウハウスさんという仙台の工務店さんが、ボランティアベースで協力して下さり、他にも多くの方のご尽力があって完成したそうです。
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「アウラ」とは「オーラ」のラテン語読みだそうです。女川の“気”がたっぷり詰まった場所になるようにと、命名されたんだとか。
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すてきですよね。みてるとなんだか元気がでてくる感じ。
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fish以外にもいろいろ販売されています。女川で復興のために作られたグッズなどの販売もあるようです。

私も一度行ってみたいな〜。
でもまずは、東京での販売がんばるからよ、女川の皆さんもがんばっぺ〜!
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by cha-yuzuriha | 2012-02-08 15:07 | 思うこと

さよなら原発小金井パレード 9.19

9月19日(祝日)小金井で行われた「さよなら原発小金井パレード」に娘と2人で参加してきました。
今回は2回目のパレードで、前回の6月12日は自分が事務局になっているワークショップと重なってしまい、歩くことはできませんでした。
もともとこのパレードをやりたいと言い出した人が友達で、小さなあかちゃんもいるのに自分で市議さんのところに行き、「一緒にやって下さい」とお願いしたのがはじまりでした。すごい行動力だなあ〜と感心しつつ、私の中では放射能より津波被害・・・という気持もあり、実行委員のはじっこに名前を連ねてもらいながらもちっともお手伝いしないでおりました。
でも今回は何回か打ち合わせにも参加して、お手伝いもすこ〜しだけして、当日はおもいっきり歩かせていただきました!
「こどもをまもろう」「のがわをまもろう」「たんぼをまもろう」「げんぱつはんたい!」大きな声で叫びながら歩くと、ほんとにそれが現実になるような、そして世界に向けて自分の決意表明をしてしまったような気持になりました。
日本中の原発が廃炉になるまでパレードは続けようと代表さんは言ってるらしいです!きゃ〜がんばらなくちゃ!
全面的にはがんばれませんが、細々とずっと参加できたらいいと思っています。
写真などはこちらからどうぞ 小金井パレード
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by cha-yuzuriha | 2011-09-21 00:16 | 思うこと

コメント欄

しばらくの間、コメント欄閉鎖してたんですが、また復活してみました。
無関係な変なコメントがつくのがイヤで。
でも「書き込みたかったけど書けなかった」と言われたりもするし・・・
そんなわけで復活です。
よかったらコメントお願いしま〜す。
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この花なんていう名前なんでしょう?以前住んでいた横浜の家の庭に勝手にはえていて、好きなのに名前がわからないな〜と思っていました。知ってる方教えて下さい。
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by cha-yuzuriha | 2009-11-17 00:48 | 思うこと

記憶のひきだし

人の頭脳はどんな風に記憶するものなのだろうか。
 私の場合、わりと同じ時期におきたことを関連づけて記憶していることが多いと思っていた。たとえば、友が亡くなったのはいつだったかと思い出す時、自分は竹富島に出張にいっていたからあれは平成何年の4月、沖縄の満天の星空とともに、友をなつかしく思い出す。最近はなんでも子どもの年齢で記憶していて、あそこに遊びにいった時は、子どもが3歳の時だったねとか・・・

 しかし、先日自分の机を片付けていたら、10年前の手帳がでてきた。スケジュールをみてみると、自分の中ではけっこう大きな出来事がそこに書かれている。あくまで私事で印象深いというだけでここに書いてもつまらないことなのだが、また思い出して「この年のことだったのか〜」と感慨にふけっていると、その手帳の同じ月の同じ週にまた別の出来事が書かれていた。まったく無関係に記憶していたふたつの事がたった一日を挟んでおきたことだったということに気がついたのだ。どちらも重大事件ではないものの、自分の思い出の中では大事なもので折りにふれ、ふっと思い出すことのある出来事だった。そしてその二つを関連づけて思い出したことはなく、同じ週のたった一日を挟んで起きた事だったとは思ってもみなかった。その二つそれぞれに登場する人物が、私以外はすべて別の人達だったからだろうか。
 その間の空白の一日にもっと大きな出来事があったせいで、記憶がとんだのかと推測してみたが、たぶんその日は普通に仕事をしていただけだから手帳には何も書いてなかったのだろうと思う。その頃は予定以外に記録として何かあれば後日書き込むこともしていた。スケジュール帳が真っ白な一日、自分が何をしていたか気になるが、10年経って思い出せるはずもない。
 少しでも重なっていれば関係ないことも関連づけて覚える、一日でもあいていたら、まったく別の出来事として記憶する・・・記憶というのは不思議なものとあらためて思った出来事だった。

 この前息子がふと、「(妹が)生まれたとき、黄色のタクシーでおかあさんたち病院から家に帰ってきたよね。赤ちゃんはかわいいドレスきてたよね。おじいちゃんもおばあちゃんも来てたね」と話しだした。妹が生まれて家に帰ってきた日の話を息子がしたのは初めてで、タクシーが黄色だったか私ははっきり覚えていないけど、そう言われたらそうだった気もする。具体的な描写を聞いて、息子の中の記憶の1ページをあけて見せてもらったような気がしてうれしかった。もしかするとそれが彼の一番昔の記憶になるのかなと思った。
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by cha-yuzuriha | 2008-06-30 11:47 | 思うこと

宇賀田次助のこと

 『流逸荘と仲省吾』をこれまでお世話になった方、調査の協力をして下さった方など、いろんな方にお送りしています。
「昔『バーナード・リーチの日時計』を読んで、仲さんってどんな人なんだろうと思い調べてみたけれどわからなかったので、長年の謎がとけてうれしかった」という方や、私が仲さんの後半生まで調べたことについて「人は誰でも<その後>があるはずですし、<その後>こそが大事と思いますが、そこまで調べる人は少ないと思います。刺激をいただきました」と言って下さった方もありました。たくさんの感想を聞かせていただけて、とてもうれしかったです。
 また書いたものを送ると書いたものが返ってくるということもわかりました。
皆さん、ご自分が書かれた論文やご本を送って下さるのです。


 その中でも宇賀田達雄著『宇賀田次助のこと』(文芸社)はご紹介したい一冊です。宇賀田さんは元朝日新聞記者で棟方志功の長女と結婚され、以後、民藝とも長く身近に接してこられた方です。朝日を退職後に、月刊誌『民藝』の編集をされておられ、私はその時に知り合わせていただきました。
 平成11年に棟方志功研究の集大成として『祈りの人棟方志功』(筑摩書房)を出版。この本は、家族の眼から見た棟方、そして優秀な新聞記者のするどい調査力で、いままで語り継がれてきた棟方志功伝説のひとつひとつを検証され、後にも先にもない正確な棟方の活動記録となりました。

 その宇賀田さんが今回書かれたのは、ご自分のおじいさんのこと。この次助さんは有名な人ではありません。急速に時代が変化した幕末から明治という時代に、新潟の小さな農家の息子だった次助が、一旗あげようと江戸に出て、吉原で働き、古賀の旦那に働きを認められて、古賀で仕事につき、そこで成功して、酒造工場の経営者となる。ここまでは大成功・・・しかしその後、子ども達は事業に失敗し、昭和に入る前にはすっかり財産がなくなっていたという物語です。

 宇賀田さんは、父親から聞いたわずかな話だけで、これに当時の風俗、経済、出来事などを織り交ぜながら、仮説をたて推測し、序所に次助像をうかびあがらせていきます。たったこれだけの情報で一冊の本が書けてしまうの?と驚きを感じますが、それを感じさせないのは宇賀田さんの筆力のおかげなのでしょう。
無名の男の一代記がなぜこんなに面白く読めるのか(書けるのか)、まだ私にはわかりません。大いなる課題です。

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by cha-yuzuriha | 2008-06-06 16:21 | 思うこと

2008年もよろしくお願いします。

1月ももう半ば・・・今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2007年はあっという間に終ってしまった・・・というのが私の感想。
このブログもちっとも更新しないで申し訳ありませんでした。今年はもう少しがんばりたいと思います。

今日は横浜に初雪が降りました。でもすぐに雨になって土の上に白く積もっていた雪も消えてしまいました。
朝、子ども達がでかける時間は雪で、いつもはなかなか出かける準備ができないで、「寒い〜」とか言っている子も、あっという間に用意しくれて、いつもより早くでかけることができました。保育園にはいつも自転車で送って行くのですが、今朝はどうしようかと一瞬悩み、結局自転車で行きました。路面は濡れている程度でシャーベットにはなってないし、降ってるとはいっても前が見えない程でもない。北国出身の私としては「この程度の雪は雪とはいわない!」と意気込んで出かけたものの、下り坂は雪が顔にバシバシ当たってやっぱり痛かった・・・。でも安全運転で無事に娘を保育園に送り届けました!
雪は交通がストップしたり大変なことも多いけど、やっぱり雪をみないと冬って感じがしませんね。雪が降っている時のしっとりとして冷たいはりつめた感じの空気も好きです。
数年前、何年か続けてクロスカントリースキーに行っていました。山道をスキーをはいて歩くんですが、ほとんど人がいない山の中、雪が降ると幻想的になって、音も聞えず、とてもいい気持なんです。(実際はそう遠くないところに山小屋もあり危険ではありません)また行きたいけど、今の体力で行けるでしょうか・・・不安です。
クロカンのために体力作りでもしようかなあ。(今年の抱負?)

雪をみるともっと雪の中に行きたくなる私です。
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by cha-yuzuriha | 2008-01-23 16:04 | 思うこと

「仲みどり」を探す旅

 子どもの時に母に「はだしのゲン」や「二人のイーダ」の映画を見に連れて行かれたりして、原爆というものを知り、とても大きなショックを受けたことを覚えている。その後も広島の平和記念公園に行ったり、原爆関連の本も読んでいたし、原爆の恐ろしさはよくよくわかっているつもりだった。そして近年は「もう恐ろしさは充分わかってる」と思って、その関連のものから自分を遠ざけていた。映像や本から衝撃を受けるのがイヤで逃げていたのだ。

 しかしこの夏休み『「仲みどり」をさがす旅』(青木笙子著・河出書房出版社)という原爆被爆者について書かれた本を読んだ。この仲みどりという人に対する興味から手にとったのだ。
仲みどりという女性は、1909(明治42)年東京日本橋生まれ、女優となって舞台で活躍するが、戦争によって、演劇活動を自由にすることはできなかった。俳優丸山定夫らと移動劇団「桜隊」に参加し、軍隊や労働者の慰問活動のために広島に滞在中、昭和20年8月6日を迎えてしまう。奇跡的に一命をとりとめた仲みどりは、母が待つ東京に帰る決意をする。見た目には火傷もなかったみどりは、裸に天幕の布一枚を羽織った姿で、復旧後の一番列車に乗り込み、東京へ帰りついたのだ。杉並にいた母に再会を果たすが、次第に体調は悪化、終戦の翌日に東大病院へ入院する。東大では、みどりが命からがら東京に舞い戻ったことによって「原爆症」の患者を初めて見ることなり、医学的に世界初の「原爆症患者」と認定されたのである。しかしそれから1週間、なすすべもなく仲みどりは苦しみながら亡くなった。
これまで井上ひさしの戯曲や、新藤兼人監督の映画「さくら隊散る」などに登場し、知られていたが、仲みどりに焦点をあてた本はこれが初めてだろう。

 著者の青木笙子さんは、みどりの遺族や劇団仲間からの聞き取りや、実際に広島の街でみどりが救護所から駅まで歩いた道のりを探したりして、みどりの苦難の道のりを浮き彫りにした。
青木さんのお父さんが演劇人で、みどりとも面識があったということで、亡くなる前のみどりの演劇生活がいきいき描かれ、戦争によって芝居ができなくなる苦悩がひしひしと伝わってくる。そして原爆。どうしてこんな時に広島にいたのか。広島に住んでいた人達の不幸とはまた違う「偶然」が引き起こす不幸、どちらも比べものにならないが、必死に列車に乗り東京に帰ろうとしたみどりの気迫が60年以上たった今でも、活字を通して伝わってくる気がする。

 最近、原爆を「しょうがない」と発言した大臣がいたが、その発言を聞いた時に、「なんてことをいうんだろう」と思いつつ、怒りは湧かなかった私。でもこの本を読んでいる最中に、ふとそのことを思い出したら腹が立ってきた。原爆が作った地獄を見たくなくて、避け続けていた結果、私はその恐ろしさを忘れていたのだ。やはり戦争も原爆も私にとって実体験ではないから、「知っている」だけでは怖さは薄れていく。見たくないと思っても、時々復習しなければならないと痛感した。
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by cha-yuzuriha | 2007-08-24 16:53 | 思うこと

『お父さんはやってない』が出版されました。

ある日突然、家族が無実の罪で逮捕されたらどうしますか?そしてそうなった時、身柄拘束、失業、そして長く続く裁判・・次々に降りかかってくる出来事にどう対処すればいいのかご存じですか?そんな恐ろしい事件は他人事だろうと誰もが思っているし、私もある時まではそうでした。
 2000年のある日、夫の知人である矢田部孝司さんは、電車の中で痴漢に誤認され、逮捕されてしまいました。説明すればわかってもらえると思って駅の事務室に被害にあったという女性と一緒に行ったところ、そのまま現行犯逮捕されてしまいました。罪を認めるまでは出さないと言われ、長期間拘留されとてもつらかったそうです。でも最後まで無実を訴え、裁判によって無罪を勝ち取る戦いが始まりました。
 デザイナーである矢田部さんや友人達は自分達の持つ技術を最大限活用して電車のセットなどを作り再現ビデオや模型などで、被害者と加害者の身長差や電車内の人の配置などを示し、証拠として提出、これで無罪は勝ち取れる!と思ったのに、一審判決は有罪。矢田部夫妻、支援者、みんなの落胆は大きく、二審はなんとしても無罪を!ということで更に活動の輪を広げることになったそうです。「傍聴席は支援者でいつもいっぱいにして、みんなが注目していると裁判官に訴えよう!」ということで、私にも「傍聴に来てもらえないか?」と声がかかりました。
 夫も矢田部さんとはしばらく会っていませんでしたので、二審が始まる2002年までこの事件のことを私達は全く知りませんでした。でも話を聞き、矢田部さんの人柄、そして親しい友人たちが必死に支援している様子を見聞きし、無実を確信したので、二審が始まるとすぐに東京地裁に通い、裁判を傍聴したり、裁判所の前でビラを配って無実を訴えたりする活動に参加しました。
 そしてその間も支援していた友人達は地道に証拠を探し、裁判所に提出。傍聴人も増えて判決の日は大法廷になりました。そして二審判決は逆転無罪!裁判所の中で「無罪を言い渡す」という判決を聞いた時は、本当にうれしく、泣いている奥さんを見て、私達も涙せずにはいられませんでした。法廷の外では「逆転無罪」の垂れ幕を持つ支援者、多くのマスコミ・・・日本の法廷で逆転無罪を勝ち取ることがいかに難しいかということがよくわかりました。
 矢田部さん夫妻がこの事件の経緯、裁判のこと、冤罪をはらすノウハウなどを書かれた本が今日出版されました。12月5日は逮捕された日でもあり、無罪判決がでた日でもあります。ごく普通のまじめなサラリーマンに起きたこと、だれの身にも起こりうる事件だと思います。ぜひお読み下さい。

そしてまたこの事件をもとにした映画が来年早々公開されます。
監督はなんとあの周防正行監督!「それでもボクはやってない」です。
周防監督は矢田部さんが無罪を勝ち取った時の朝日新聞の記事に友人達が証拠を作り、奇跡的に無罪を勝ち取ったということを知り、関係者への取材を丹念にされ、映画化されました。
 私も無罪決定の 新聞記事は涙しながら読み、今もスクラップして持っています。あの記事が監督を動かすきっかけだったとは・・・
こちらもぜひご覧下さい!

『お父さんはやってない』(太田出版)
http://www.ohtabooks.com/view/bookinfo.cgi?isbn=4778310462
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by cha-yuzuriha | 2006-12-05 11:48 | 思うこと

Apron kidのかわいい報告

友人から「娘の誕生日にapron kid を作りプレゼントしました。娘に渡した時の写真です」ということで、写真を送ってもらいました!
なんてかわいい!そしてエプロンもちゃんと縫えています!
考えてみたら、我が息子や甥っ子、他にも購入した方から携帯で撮った写真を送っていただいたりしたのですが、いままでエプロンをつけてくれた姿を見たのはすべて男の子だったのです!初女子がこんなにかわいい子でうれしいな♪(お顔がよく見えなくて残念ですが、とってもかわいいです)

apron kidを買って下さった皆さん、かわいい着用写真や「縫えました〜」なんていう報告、あるいは「縫えずに挫折した」という報告でも、ぜひぜひお寄せ下さい。お待ちしています!(mail@yuzuriha.net)
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by cha-yuzuriha | 2006-11-10 11:35 | 思うこと

空とこども絵本館

くーぐー展in金沢にあわせて帰郷したのですが、春に開館した「小松市立空とこども絵本館」に行ってきました。
その建物は、1932年に小松警察署としてつくられた2階建ての外壁をそのまま生かし、内部を新築。併設の「絵本館ホール」(愛称・十九番館)は、1930年に建てられた元銀行の支店(国の有形登録文化財)を保存して活用したというもの。
これがとってもいいんです。外観は重厚な歴史を感じる建物なのに、中はすべて新築で、とても明るく作られています。
絵本だけの図書館なんて、とっても贅沢。畳の部屋や、持ち込みで食事ができるコーナーもあったりして、のんびり過ごすことができます。
こんな図書館、うちの近くにも欲しいと思ったけど、横浜だったら、いつもこんでいて、のんびりなんて出来ないかもなあと思いました。
うちもそれなりに絵本は買っていますが、二人目が産まれて思うことは、子どもによって絵本の好みが全然違うということ。男女の差といえばそれまでですが、それとも違うんですよね。男女を問わず喜びそうな赤ちゃん向けの絵本でも、お兄ちゃんは全く感心を示さなかったものを妹は毎日毎日読んで暗記してしまうほどだったり。うちの兄妹は特にそういうのが多かったです。
姉の家に行くと、また違うタイプの絵本が沢山あります。お兄ちゃんのために何冊か選んで読み聞かせると、喜ぶだろうと予測して読んだ本より、そうでもないかなと思った本の方が喜ばれたりして、子どもの好みって意外とわからないものです。沢山読み聞かせないと、我が子が気に入るものにはなかなか出会わないものなのかもしれません。
そういう意味でも図書館を利用して沢山読んであげられる環境っていいですね。
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by cha-yuzuriha | 2006-08-30 09:53 | 思うこと
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