YUZURIHA NEWS


緑茶のこと、日々の暮らしの中で思うこと こちらがホームページです↓ ぜひご覧下さい。www.yuzuriha.net
by cha-yuzuriha
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

カテゴリ:手仕事・工藝・デザイン( 46 )

緑茶で染めました。

素敵なコースターができました。
倉敷本染手織会の仲間で大切な友人でもある嶋あすかさんは、
自然豊かな千葉県大多喜町で家族と暮しながら染織をしています。
なかでもここ数年、彼女が熱心に取り組んでいるのが日本の棉、
和棉(わめん)の栽培とそれを使った布作りです。

日本で昔から栽培されてきた日本の在来種の棉(わた)は、昭和30年頃まで
各地で作られていましたが、風雨に強く棉も大きくて収穫量が多いアメリカの棉が
入ってくるようになり、日本の棉はどんどん栽培されなくなって、今ではほとんど見ることができなくなってしまったそうです。しかし米棉は栽培にも収穫にも大量の農薬が使われ、土壌にも栽培をする人たちの人体にもとても悪影響があります。
それに対して日本の棉は日本の風土にあっているため農薬も使わずに栽培できるの
だそうです。
そんな和棉を復活させ広めようと千葉県の鴨川で和棉の農園を開いて活動をされて
いる方がいます。嶋さんもそこで和棉作りを学びました。

日本の棉ははじけて開くとき下を向いて開きます。アメリカの品種は上を向いて
開きます。なぜかご存じですか?
それは日本は雨が多いからなんです。天候を察知して自分でどっちを向いて開くか
決めるなんて、なんだかケナゲですよね。

外来種に負けてしまったもう一つの理由は、日本の棉の方が繊維が短く紡ぐ時に
繊維がからみにくく、紡ぐのが難しいというのが理由のようです。でも繊維が短い分、とてもやわらかな風合いで、味わいのある糸ができます。
去年、嶋さんから和棉を紡ぎ、その糸で織ったコースターが送られてきました。
やわらかな手触りがうれしくて、おもわずすぐに電話して「これをお茶で
染めたらどうかしら?」ともちかけてしまいました。
この提案を嶋さんはすぐに理解してくれました。

在来の糸を在来のお茶で染める・・・
どんな風になるかなあと待つこと数週間。いろんな種類で媒染したコースターができてきました。どれも素敵でしたが、この深い色が一番落ち着いていい色に仕上がって
いました。かわいいビーズも嶋さんの手作りです。
a0026093_1432277.jpg

[PR]
by cha-yuzuriha | 2005-11-04 14:11 | 手仕事・工藝・デザイン

私と織物・葛布の装幀

 私は倉敷本染手織研究所を卒業してから手織を職業とはしていません。ですからこれといった作品ものこしていないわけですが、研究所に先生の助手としてお勤めしていた時に、織らせていただいた思い出深い作品があります。助手時代にのことですから、私の名前で織ったものではありませんが。
 手織研究所の所長、故・外村吉之介先生は、戦前に『葛布帖』という大著を出された程の葛布の第一人者で、日本民藝館の創立当時の壁紙や本の装幀など、沢山の作品を遺されています。近年はその葛を織る機会はほとんどなかったのですが、当時まだご存命だった壽岳文章先生から『壽岳文章書物論集成』という本の装幀用の布のご注文をいただき、私が中心になって製作することになりました。この時私は技術も未熟で広幅の絹の整形は経験がなく、縦糸に濃紺の絹糸を使うのですが、古い民家の研究所はとても暗く、夕方になると細い絹糸が見えなくなり、苦労したことを思い出します。でも経糸に葛を織り込んでいく作業はとても楽しいものでした。
 実際にこの本ができ上がったのは、私が倉敷を離れた後のことだったので、現物を見ることなく、何年も過ぎてしまい、偶然に知りあった川崎在住の装幀家の方が、装幀した本だとわかり、昨年その方のお宅をお訪ねして、はじめて手にとって見せていただくことができました。この本は壽岳文章先生がこれまで書かれた書物についての文献をすべてまとめたもので、超特本、特装本、普通本と三種類作られ、葛布を使ったものは超特装本で、限定弐拾部。一九八九年七月発行。見返しに斐伊川の板干手漉紙を使い、松本民芸家具創始者の故・池田三四郎氏の案で木曽で製作されたふき漆塗の見事な函に納められていました。
 実際に本になった布を見た時、腕が未熟で納期に間に合わず、先生達にも心配をかけてしまったことも思い出しましたが、やらせてもらえてよかったとあらためて思いました。
a0026093_15142989.jpg

[PR]
by cha-yuzuriha | 2004-08-31 15:10 | 手仕事・工藝・デザイン

倉敷本染手織研究所

「倉敷本染手織会」となんの説明もなく前回書きましたが、これは私が卒業した学校の同窓会組織の名前です。学校の名前は倉敷本染手織研究所。『カーサブルータス』の「フロム日本」のコーナーでもノッティングという椅子敷が紹介されたことがあるので、民藝に縁のない方でもご存じかもしれません。
 倉敷美観地区、あの白壁の町並みの喧騒の中に、ひっそりとその研究所はあります。昭和28年、民藝運動家・外村吉之介、清子夫妻によって開設されました。
今回はこの研究所ができた由来を書きたいと思います。
 戦争中、軍需工場となっていた倉敷紡績には、沖縄からも女子挺身隊が働きに来ていました。倉敷紡績の大原総一郎社長は、終戦をむかえたものの、焦土と化した沖縄にはすぐには帰れないだろうから、暮らしのため、また沖縄の文化の再建のためになる技術をと考えて、民藝運動の創始者である柳宗悦に相談し、当時福井で牧師をしながら織物をしていた外村を紹介され倉敷に招き、手織の指導を請うたのです。その女性達の中には、のちに人間国宝になった芭蕉布の平良敏子さんも含まれていました。
 女性達が無事に帰島したのち、外村夫妻は倉敷民藝館を開館させ、民藝館向かいの自宅に研究所を開設したのです。毎年4,5名の内弟子を迎えて、共同生活をしながら織物の実技と民藝美学についての講義をするという生活を外村夫妻は四十年近くの間続けました。外村夫妻が亡くなられてからは、息子さん夫妻が後を引き継いでいます。
 私が研究所に入所したのは昭和63年、外村先生が89歳、私が18歳の時のことでした。
(写真は開設された頃の研究所外観です。今もほとんどかわっていません。(『倉敷町並物語』より複写しました)
a0026093_15431523.jpg

[PR]
by cha-yuzuriha | 2004-08-19 15:39 | 手仕事・工藝・デザイン

座繰りの糸引き

7月19日海の日、東京のあきる野市にある友人の工房で「座繰りを使って繭から糸を引く」という講習会を開きました。講習会と行っても倉敷本染手織会の内々の仲間だけの会合です。参加は会員15名、その家族4名で、千葉、横浜など関東の各地から集まりました。
工房を主宰する池田明美さんも手織会の会員です。倉敷では毛と木綿については紡ぎを習う機会があるのですが、絹については購入した糸を使っていて、糸を引くところまではやっていないので、参加した卒業生のほとんどが、絹糸をひいた経験がありませんでした。池田さんは倉敷以外にあちこちでお勉強されているため、絹は生繭を購入して、糸を作っているのです。
映画「野麦峠」で生の繭を煮るシーンで、すごい匂いに主人公が吐き気をもよおす場面があり、そのイメージが私の脳裏にこびりついていたのですが、その匂いがするのは、煮ている時だけのことらしく、煮上がった繭からは特に匂いはありませんでした。繭からどうやって糸がでてくるんだろうと思っていたら、小さな刷毛のようなもので、繭をこすると、そこから糸が何本かでてきて、それを引くうちに、1本の糸になります。それを数本まとめたものを座繰り機にかけて、巻き取りはじめると、不思議なことに数本の糸がまとまり縒りがかけられ、美しい絹糸となって現れるのです!
やってみた感想は、思っていたより簡単で、思ったより難しいということ。
仕掛けさえわかってしまえば、蚕がちゃんと糸を作っていてくれているので、それをきちんと引きだせればいいんだなということがわかりましたが、生の繭を煮る方法や、機械の仕掛けなど、いろいろ工夫しないと、いい糸にはならないのでしょう。やはり奥は深い・・・
 とてもいい経験をさせていただきました。

a0026093_2284058.jpg

[PR]
by cha-yuzuriha | 2004-07-22 16:57 | 手仕事・工藝・デザイン

ゆずりはロゴ入りバック2 2004/6/19

a0026093_111258.jpg さっきのロゴ入りバックのロゴの部分のアップです。なかなか細かい技なんだな、これが。ちなみにこのロゴのイラストを描いてくれたのは、イラストレーターの山本祐布子さんです。
[PR]
by cha-yuzuriha | 2004-06-19 22:32 | 手仕事・工藝・デザイン

ゆずりはロゴ入りバック 2004/6/19

a0026093_111349.jpg 私の友人から、「手提げバックを作ったから、味噌と梅干と一緒に送るね」とメールがきました。
 この前会った時に、お母さんが作る美味しい味噌をわけて欲しいとお願いしていたので、それを送ってくれるついでに、梅干とバックのおまけがつくらしいということで、わくわくして荷物が届くのを待っていました。
ゆうパックできた荷物をあけたら、ぷ〜んとすっぱい梅干の香り。そしてその香りに包まれたバックが出てきました。
 形は最近彼女が気に入って作っている肩から下げられるかたちで、すてきな花模様の布で作ってあり、この布は私たちの共通の友人からもらったものだとメールに書いてありました。うわあ素敵と思って広げてよくみたら、小さく「ゆずりは」のロゴが刺繍してあるじゃないですか!なんて手の込んだおしゃれな悪戯!うれしくて笑ってしまいました。
 お茶の配達の時はこのバックを持っていきたいと思います!
[PR]
by cha-yuzuriha | 2004-06-19 22:30 | 手仕事・工藝・デザイン
カテゴリ
フォロー中のブログ
メモ帳
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧