
緑茶のこと、日々の暮らしの中で思うこと こちらがホームページです↓ ぜひご覧下さい。www.yuzuriha.net
by cha-yuzuriha
S | M | T | W | T | F | S |
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
めかごと外村吉之介
めかごの話が続きます。
外村吉之介がいつも講演会などに持参していためかご。その写真があるかなと思ってごそごそと昔の写真が入った箱を探してみたら、簡単に見つかりました。それほどにいつも近くにこのめかごを置いてどこにでも持っていっていたことがわかります。
府中の最後の職人、小田さんを呼んで実演をしてもらったこともあったようです。これは私が倉敷に行くより前の写真なので、いつのことなのかわからないのですが、夏期学校か岡山の民藝協会のイベントのようですね。

小田さんの実演に外村先生が解説。すごく楽しそう。

民藝夏期学校倉敷会場。

これも夏期学校かな。出雲会場?(マイクを持ってるのは私ではありません)

倉敷の自邸の客間にて。どなたかに講話をしてその後に撮られた写真なのかなと推察。
どうしてこれほどまでに、外村先生がこのめかごを愛されたのか直接聞いたことがありませんでした。倉敷民藝館で団体さんに説明をされる時もいつもかごの部屋でしたので、「民藝」について説明する時に必ず「用即美」を説明します。外村先生の民藝解説では特に重要なところです。用に適していること、編み方や作り方に合理性があり、それが「美」に直結していること。それが民藝のすばらしさだというところをいつも丁寧に説明されていました。
その説明には、かごが一番適しているのかなと思っていました。そしてその中でもこのめかごは倉敷からほど近い広島の府中町で作られていること、編み方やかたちの造形が美しいことが特に大切にしていた理由かなと想像していました。
昭和57年発行の倉敷民藝館の図録には、
「備後の府中の山村には、山竹の林が方方にあって、この目籠の材料にされている。日本中に目籠は多いが、ここのに勝る親切な構造のものも、豊かな美しさのものもない。山竹はねばりがあってよく曲がるから、底廻りまで帰ってきている。それを止める三本編みのために、全体が引き立って美しい。
とあります。ここでも粘りの強い竹→それをとめるための三本編み→それが美につながっている、という説明です。この用に即した美しさを説明するのに一番適しているかごだったんですね。
そして「ここのに勝るものはない」と書いてありますね。確かにこれほどに竹のめかごの美しいものはないのかもしれません。
それが現代も人々の心を惹き付けるのでしょう。
民藝が再認識されている今、この「かごがなぜ美しいか」まで説明できる人はなかなかいません。でも「なんとなくいいよね」じゃなく、ひとつひとつをつきつめないと民藝の真の姿はみえてこないのです。私自身もまだまだつきつめなければいけないとあらためて思います。
外村吉之介がいつも講演会などに持参していためかご。その写真があるかなと思ってごそごそと昔の写真が入った箱を探してみたら、簡単に見つかりました。それほどにいつも近くにこのめかごを置いてどこにでも持っていっていたことがわかります。
府中の最後の職人、小田さんを呼んで実演をしてもらったこともあったようです。これは私が倉敷に行くより前の写真なので、いつのことなのかわからないのですが、夏期学校か岡山の民藝協会のイベントのようですね。

小田さんの実演に外村先生が解説。すごく楽しそう。

民藝夏期学校倉敷会場。

これも夏期学校かな。出雲会場?(マイクを持ってるのは私ではありません)

倉敷の自邸の客間にて。どなたかに講話をしてその後に撮られた写真なのかなと推察。
どうしてこれほどまでに、外村先生がこのめかごを愛されたのか直接聞いたことがありませんでした。倉敷民藝館で団体さんに説明をされる時もいつもかごの部屋でしたので、「民藝」について説明する時に必ず「用即美」を説明します。外村先生の民藝解説では特に重要なところです。用に適していること、編み方や作り方に合理性があり、それが「美」に直結していること。それが民藝のすばらしさだというところをいつも丁寧に説明されていました。
その説明には、かごが一番適しているのかなと思っていました。そしてその中でもこのめかごは倉敷からほど近い広島の府中町で作られていること、編み方やかたちの造形が美しいことが特に大切にしていた理由かなと想像していました。
昭和57年発行の倉敷民藝館の図録には、
「備後の府中の山村には、山竹の林が方方にあって、この目籠の材料にされている。日本中に目籠は多いが、ここのに勝る親切な構造のものも、豊かな美しさのものもない。山竹はねばりがあってよく曲がるから、底廻りまで帰ってきている。それを止める三本編みのために、全体が引き立って美しい。
とあります。ここでも粘りの強い竹→それをとめるための三本編み→それが美につながっている、という説明です。この用に即した美しさを説明するのに一番適しているかごだったんですね。
そして「ここのに勝るものはない」と書いてありますね。確かにこれほどに竹のめかごの美しいものはないのかもしれません。
それが現代も人々の心を惹き付けるのでしょう。
民藝が再認識されている今、この「かごがなぜ美しいか」まで説明できる人はなかなかいません。でも「なんとなくいいよね」じゃなく、ひとつひとつをつきつめないと民藝の真の姿はみえてこないのです。私自身もまだまだつきつめなければいけないとあらためて思います。
by cha-yuzuriha
| 2015-08-22 12:11
| 手仕事・工藝・デザイン
カテゴリ
フォロー中のブログ
メモ帳
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧